大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所下関支部 昭和43年(わ)152号 判決 1968年11月06日

被告人 川口満

主文

被告人を懲役五年に処し、その刑の執行を免除する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三八年一〇月、当時若松海運株式会社所属第一若松丸(総屯数四六四屯六〇)に機関員として乗船していたものであるが、同船が韓国釜山港第四埠頭に繋留中の昭和三八年一〇月五日午後四時ごろ、同船船員室(被告人及び川口勇の専用室)で、同船乗組員川口勇(当三三年)が上陸のため頭髪を整えようとして櫛を探したが見当らなかつたことから、被告人に対し櫛の所在を執拗に追求したうえ「お前は操機長と思うて偉そうに云うな。」と云いがかりをつけ、背後からいきなり手拳で頭部を殴打したため、同人から逃れて同船食堂まで来た際、たまたまそこで食卓の上に置かれていた刃体の長さ約三〇センチメートルの刺身庖丁を発見すると同時に、逃げる被告人を追いかけて来て食堂入口に姿を見せなおも攻撃の気勢を示している川口勇を認め、この上は右庖丁をもつて同人を威嚇して攻撃を思い止まらせるより外なしと考え、右手で右庖丁を取り腰附近に構えたところ、いきなり近づいて来た同人が被告人の右手首を両手で握り庖丁を奪おうとしたため、咄嗟に殺意をもつて左手で同人の胸倉を掴み引寄せるようにして右庖丁でその左胸部を一回突き刺し、よつて同日午後四時三〇分ごろ釜山市の病院に赴く車中で、右刺創による出血性シヨツク死により同人を死亡させて殺害したものである。

(証拠の標目)<省略>

(外国判決)

被告人は本件犯行により、昭和三八年一二月一四日韓国釜山地方法院において、殺人罪で懲役七年(但し未決勾留七〇日算入。)の刑の宣告を受けて控訴し、控訴審である同国大邱高等法院において、昭和三九年三月一一日殺人罪として原審破棄のうえ懲役五年(但し未決勾留七〇日算入。)に処せられ、右は同年三月一四日上訴権放棄により、同日確定し、翌一五日から同国大田教導所で服役、昭和四三年一〇月六日をもつて刑期満了のところ、同年七月三〇日仮出獄により釈放されたものである。

右事実は被告人の当公判廷における供述並びに釜山地方法院及び大邱高等法院の各判決と「日本人強制退去者に対する服役記録録取書」と題する書面(以上三通はいずれも韓国駐在金山大使作成の謄本にして小宮照雄の翻訳添付のもの。)によつて認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一九九条に該当するところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処するが、被告人は前記の通り韓国大邱高等法院において本件と同一犯罪事実につき殺人罪として懲役五年に処せられ、昭和三九年三月一五日以降昭和四三年七月二九日まで服役して同月三〇日仮釈放されたものであること、前顕「日本人強制退去者に対する服役記録録取書」と題する書面によると、本件犯行の日から右大邱高等法院の判決の確定した昭和三九年三月一四日までは釜山教導所及び大邱教導所において勾留されていたことが認められ、被告人の当公判廷における供述によると大田教導所においては対日感情必ずしも良好とは云い難く、それだけに我が国の刑務所において服役するより遙かに辛い服役状況であつたことが窺われるので、これらの事情を勘案し刑法五条但書により本件懲役刑の執行を免除することゝし、なお訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 阿座上遜 英一法 桑原昭煕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例